今までとこれからと

こんにちは、ご無沙汰しております。エミです。
新年度始まりまして、皆様いかがお過ごしでしょうか??

 

私はここのところ、今まで積み重ねて来たことの答え合わせと、これからへの課題に改めて向き合うことになりそうで絶賛てんやわんや中です。

 

仕事もプライベートも清濁併せ呑むことを知ったf:id:today-is-emi-biyori:20240419131559j:image

仕事に関して言えば、今の仕事場にも新しい風が吹いてきて、周りに集まってきてくれる人も仕事の待遇もちょっとずつ変化が見られるようになりました。

思い出したら乾いた笑いしか出ない魔の2023年を通り越し、新しく愉快な同僚に恵まれて仕事場に行くのは今は気持ち的にとても楽しいです。ほんと、それが一番ホッとしてる。

一時期は精神的にも肉体的にも追い込まれ続ける閉塞感に嫌気が差して、常々仕事終わりに「いつまでこんなことを耐えなければいけないのだろうか……」と余裕が無い自分が嫌で嫌で仕方なかった昨年。

現在は新しい出会いがたくさんあり、その中でも今後の人生で「この人たちとは長く関わっていきたいな」と素直に思える素敵な出会いに感謝する毎日を生きてます。皆様本当にありがとうございます。

結局それもどん底をなぞらないと分からなかった事で。清濁併せ呑むことをここ数年は意識して生きていた私にとって、本当に清も濁も併せて呑まされて改めて・初めて分かったことが多かったように思います。

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プライベートに関しては、ペースは落ちたけどヨガレッスンに通ったり、岐阜県の彼に会いに行ったりはあんまり変わってないです。

まぁ去年の今頃の私からしたら、そもそも私が岐阜県に通うことになるなんて想像してませんでしたし、その当時の人と別れて今の彼氏と付き合うことも想像出来なかったし(別れるお告げはあったけど)。

この間彼に「もっと早くエミさんと出会えていたら良かった」と言われて、私は「多分あのタイミングじゃなきゃ駄目やったんやよ、あのタイミングだったから良かったの」と素直に答えられている自分が本当におかしくて。

別れた当初の傷は、今の彼と一緒にいることで少しずつ治まっていってて。あと彼の飼っている猫ちゃん(特に陽キャな猫ちゃん)にも癒やされていて、彼に会うのも猫ちゃんに会うのも楽しいなと思ってます。

これからの私は未知数で良いと思う

昔の私は未来が不安すぎて、いつも早く先の事が知りたい人間でした。小説を最初と最後のページを読んでから、改めて読み進めてしまうような奇特な読み方するくらい早く知りたいってなる人間でして。

人生でも先に結末を知りたい体質の私は、いつも先のことばかり考えては思っていたことと違うと不安やショックに陥っていたなと、今は振り返って思うのです。そもそも不安からそう言うことをしていたのに、思っていたことと違っていて不安になるなら最初から知らなきゃ済む話だとこの歳になってやっと分かったけど。

これからの私は未知数な状態であることを受け入れてみても、きっと楽しいんじゃないかなと。変に期待もしなければ、変に不安になる必要ももうない。

もうそう言うのは、今の私になるまで充分にやってきたことだと思うので。だからこれからの私は未知数のままを楽しむつもり。不安は多少あるけど、全部が不安ではないし。

そんな心境に至れた今日この頃です。

 

 

嫌なことも濁世の理さ、だからこそこの世は面白い【人生の転機:陰から陽への道のり】

ご無沙汰しています、エミです。

三月ですね(もうすぐ終わるのに今更)
ここの所、周辺の時間感覚と私の体感時間にかなりの時差があるなと思っています。
今年始まったなーなんて悠長にしていたらもう4月ですね、びっくりしています。

 

 

一年前の今頃はやたらと「彼とお別れするよー」っていう謎の声が聞こえていた不思議な期間だったなと振り返る

 

today-is-emi-biyori.hatenablog.com

 

このブログ記事の一番最初に書いた謎の直感が働いていたことに気づき始めた頃から、かれこれもう一年経とうとしています。早すぎ。
一年前の私は、今年の今頃もきっと前の彼と一緒にいるもんだと頭では思っていたけど、実際は新しい彼が現れて今年の三月で付き合って半年が経とうとしています。

一年前にそんな自分の状況を思い描けていたかと言うと、全っっっっっ然そんなこと思っていませんでした。

が、元彼とあの時別れなければ今の彼と過ごす時間は無かったんだと思うと、別れなければ発生しなかった出来事がこんな未来に繋がっているんだと。それも今だからそう思えるタイミングに来ているんだと思っています。

 

ところで未だに不思議なんですが、去年やたらと「彼とお別れするよー」って言う声がどうして聴こえていたのか。そこが一年経っても訳が分からず、あれは一体なんだったんだろうと思っています。誰が私にお告げをくれたのか……結局未だに答えが分からない気味の悪さに一年経っても正直戸惑っています。

 

岐阜に通い始めてそろそろ半年、岐阜とても楽しい

岐阜県民の彼と付き合い始めて半年、すなわち私が岐阜に通い始めて半年ほどが経つのですが、個人的に岐阜県は楽しいところだなと思っています。

養老天命反転地は個人的に不思議スポットだった

今までどうして岐阜に来なかったんだろうって、ちょっと後悔するくらい岐阜県は楽しい。
隣の県だしいつでも行けるっちゃ行けるのですが、隣の県だからこそキッカケや用事がないと訪れる機会がなかったエリアでした。

が、今は毎月訪れる県になり、彼が岐阜の色々な場所に連れて行ってくれるので、そのおかげで毎回楽しく過ごしている思い出がどんどん出来ている好きな県になって行っています。

岐阜・下呂温泉はまた行きたい

特に滋賀と決定的に違うと感じたのは、岐阜はあちこちに温泉があって、滋賀よりもさらに気軽に温泉を楽しめる施設やスポットが多いのが魅力的で。
彼の住む大垣にも、周辺に温泉施設が何個かあって。彼と会うと温泉施設に行って温泉にゆっくり入るデートが定番となっています。私の中で温泉デートの後は必ず別れるというジンクスをぶっ壊してくれた彼に感謝しています。
(彼に言ったら「じゃあそのジンクスはもうエミさんの中で無くなったってことやね!ジンクス無くせて良かった!」って言うような人です、めちゃくちゃ良い人だなと思った)

温泉で地元の人になぜか話しかけられるし、それがまた新鮮で楽しくて。そういう部分でも岐阜が好きになって行きました。

 

岐阜県民の彼は滋賀県の景色が好きだと言ってくれるのと同じように、私も岐阜県の文化や景色が好きだなと思えるのが嬉しいなと感じています。そう思わせてくれた彼にも感謝。

 

人生ってやっぱりいつどうなるかなんて、一ミリも分からないものだから楽しい

つい昨日のことですが、今月末で退職される現マネージャーが、どういうわけか私に直接挨拶をしたいと言うことで急遽教室に来られました。(めちゃくちゃ唐突でびっくりした)

退職されるマネージャーの人柄がすごく好きで、めちゃくちゃ良い人なんです。
一年半程度でしたが、色々とお世話になった旨を各々伝えて、その上で前マネージャーが私をゆくゆくは指名料を取れる講師として長く教室で働いてほしいと話していたことを、現マネージャーに私から話しまして。

そしたら「確かにエミ先生は(指名料に関して)発生するのは妥当な判断だと僕個人は思います」と言う話の流れになりまして……来月には在籍されているマネージャー達と面談と模擬レッスンを行い審査することになりそうです。話が早い&展開が急で私はビビってしまったよ。

 

こういうことでも人生ってやっぱりいつどうなるかなんて、一ミリも分からないものなのだなと思わされた一件でした。去年の今頃の私はとにかく現状維持!!何とかしてこの状況を守っていかなければ!!と抱え込んでおりましたが。

今年は一変してめちゃくちゃ陰が陽に転じ始めて来ました。

あ、そういえば私は去年の四柱推命調べ直したら刧財(ごうざい)でした、財を刧(奪われる)と書いて刧財……空亡で刧財……思い当たることしかない。

つまり、私の人生の中で去年は本当に陰だったんだなと、今振り返って「なるほど、そう言うことなのか」と合致している感じです。あーーーー去年本当に辛かったーーーー!!私がんばったーーーーーーーーー!!

ですが、財が奪われ(無くす・捨てる)なければ今の彼ともやっぱり出会えなかったと思います。多少強引&強制終了すぎて毎回引いたけど。

とりあえず、私の新章が始まりそうな気がしています。
ありがとう私、おめでとう私。

 

では、今回はこの辺で!

2022年と2023年の寅卯空亡期間を経て思ったこと

こんにちは、エミです。
2月4日は立春。旧暦の新年にあたる日だと知ったのは、確か20代半ばの頃。

当時とある占いの先生から教えてもらった旧暦の話と空亡の話。
空亡は12年周期の中で2年間、天が味方しない(とその先生は言っていた)期間があり、その時期には【いつもと違うことが起きやすい】という話を20代半ばの私は「ふーん、そんな期間があるのかー」なんて、当時はやんわり思っていた。

時が経ち、私の空亡期間の2022年2月4日〜2024年2月3日までの寅卯空亡期間に突入し、承知の通りイレギュラーなことだらけで心身共にとても削った二年間だったと今は思う。

 

www.mikatablog.com

 

あ、ちなみに空亡期間はみなさんの生年月日で各々違うので、各自お調べくださいな。
私は寅年と卯年がその空亡にあたる女でした。

 

寅卯空亡仲間のみなさん、2年間ご苦労様でした。

 

天が味方しない期間って話だったけど、果たして本当にそうだったのかは不明

2022年も2023年も、色々あったし派手さはなかったけど楽しく生きてきたことに変わりはなかったです。
最近ちょっと疲れの蓄積具合にまいっていて、それだけが今の私の悩みではあるけれども。

空亡期間中は自分から事を起こさず(結婚、転職、引っ越しなどを自分キッカケで起こすことはNGらしい)、成り行き上そうなってしまった事に関しては特に問題は無いんだそうです。
例:相手から結婚を申し込まれた際は大丈夫で、自分から結婚を申込む(事を起す)はNGなんだそうな

そして空亡期間に縁が切れた人とは、その後の縁は結ばれないそうな。
だから空亡期間中に元彼に振られて別れたので、きっと今後の私の人生に彼が登場することは無いんだろうなと思うし。きっと彼との学びも私の人生の中では履修したんやろうな。

そんな事を今となっては思える程度になっているので、時の流れって良くも悪くも使い方次第なのだと思ってます。

あ、ちなみに空亡期間中は何か学びを始めるのにうってつけらしいです。空亡期間ど真ん中の時に私はヨガを習い始めました。(最近ちょっと忙しくて行けてないけど、そろそろまた再開したい!)
あとは自分の仕事の知識の見直しや学び直しなんかも自然とやってました。空亡期間中に学び直しする流れにいつの間にか乗っていたんだろうなぁ。そこは意識してなかったけど、自分の事を底上げしようと必死でした。

 

で、色んな人の空亡期間のブログを読んでいると「思ってたよりめちゃくちゃキツイ(死ぬかと思った)」とか、はたまた「めちゃくちゃ色々トントン拍子に進んで行った」とか。良くも悪くも普段の流れとは違う事が起きやすいので、普段調子が良い人は調子が狂いやすかったり。
逆に普段調子が悪い人は厄が取れた様に調子が上がったりと、人生の中に勝手に発生するパルプンテ(唱えると何が起こるか分からない魔法)期間ってことなんだと個人的には思いました。

 

私は空亡期間中めちゃくちゃしんどかったので。ほんとプライベートも仕事もフィジカルもメンタルもどっちもやられてました。
でも2023年の10月から、ちょっとずつですが空亡期間の終わりを感じてました。10月あたりからなんか切り替わり始めを感じていたというか。
プライベートも仕事の環境も10月辺りから、特に関わる人間関係が変わってきた感じが私の中ではありました。一番しんどかったのが2023年5月辺りだったから、今思えばそのしんどかった時期が底やったんやなぁ。


色々と痛手を負ったりひょんな事から新しい人たちと出会えたりな二年間だったけど、今は「まあ今後も何とかなるか」という心持で生きている今日この頃

2024年今現在。
私は付き合ってかれこれもうすぐ半年になる彼がいて、職場には新しい講師たちに出会い恵まれてきており、2023年5月に抱えていた不安がいつの間にか無くなって来ました。

もちろん、元カレ兼長年の男友達との縁が途切れてしまったことは未だに喪失感はあるけれども。でも、その喪失感も少しずつ上書きされるかのように、今度は今の彼との思い出で埋まっていくのだと思っています。
(今の彼も不思議なもので昔からの男友達みたいな感覚になる人なんです、会ってまだ半年しか経っていないのに)

そして空亡の時に勉強をしていたお陰か、今現在は非常に有難いことに仕事がさらに忙しくなりました。でもちょっと休みたいと思っているけど。

 

あ、空亡を抜けたら何か新しいことを3つ始めるといいらしいです。
未だに何を始めようか迷っているんですが、とりあえず私はもう我慢するのをちょっとずつ辞めてみることから始めてみようと思っています。私の中にある多少の我儘を認めることにしました。

ずっと色々我慢してきた結果、何にもうまく行かなかったこともありまして。
本当、自分の残りの人生を考えたら我慢し続けるってちょっと言っている意味がわからんなと段々思えて来てしまって。

新しいことあと2つは、今ちょっと考えていることがあるので色々と準備ができたらやっていこうかな。

 

何にせよ、過去一の失恋の痛手や仕事で踏ん張りを効かせた時期を乗り越えた私は、今の心境としては「まあ今後も何とかなるか」とお気楽な心持で生きています。それくらいの軽さで良いと思うの。重たい気持ちはずっとは持っていられないからね。

このブログも忙しすぎてなかなか更新できていませんが……また気を取り直して書いていこうと思います。

 

では、今回はこの辺で。

カレーをスパイスから作る男二人と付き合って思った私の意見(全て私個人の感想です)

こんにちは、エミです。

先日X(というよりTwitter)のタイムラインで【付き合っては行けない男の3C】と言う話題が流れて来ました。

 

【付き合ってはいけない男の3C】の中の、カメラマン・クリエイター・カレーをスパイスから作る男という、最後にどう考えても完全に個人の趣味嗜好を当てはめてきた感じに笑いました。

が、私は元彼元々彼【カレーをスパイスから作る男】だったので、これを見た時は「あながち間違いじゃないと思う」と思う私なりの意見を書いて見ようと思います。

 

 

カレーをスパイスから作る男と付き合うということ

過去に二人のカレーをスパイスから作る男と付き合った私が、個人的に感じた3つの共通点をまとめました

共通点その1:どちらもそもそもバンドマンだった

他者に話せば引くほど音楽やってる人としか付き合って無いんですよね。(一部例外でマジシャンも居ましたが)

 

私もそもそも音楽ばっかりやってる人間なので、そうなると出会う人種はジャンルは違えど音楽やっているか、大体バンドマンしてるかってなりがちだとは分かってはいます。

なんですが……バンドマンやたらと狂ったようにスパイス好きなの、ホンマなんなんやろう?

元々彼はスパイスカレーのお店でカレー作ってたくらいスパイスに塗れていたし、元彼はそもそも基礎的な料理は出来ないのに何故かスパイスカレーだけ作れた人やったし。

バンドマンは多かれ少なかれ、何かとこだわりを持つ人達だったりするので、そのこだわりの矛先がスパイスカレーに向かっていったのかなと思ったりもしてます。

 

共通点その2:やたらとバイブスって言葉発してた

偏見過ぎるかもしれませんが、スパイスからカレーを作る男たちにとって、スパイスの次に大事だったのは【バイブス上げていく(テンションや気分を高める)】ことだった様に思います。(すごい偏見)

いやー、スパイスって確かに良い香りするし、免疫系にも働きかけるはずだからそりゃバイブス上げていくには有効よね。

でも私は正直「バイブス上げていこ!」って言ってくる人達を根本的にあんまり信用出来なくて。

なんやねんバイブスって、気持ちや気分でええやん。なんでちょっとスラング齧ってその気になってるんや。ここは日本やぞ。

と、内心毎回そんなことにツッコミながら当時は付き合っていました。
あ、今の彼は「バイブス上げていく」を使う陽キャパリピな人たちがそもそも苦手な人らしいので。そういった面でもとっても安心しています。

 

共通点その3:女好きだった

「そんなもん共通点にして良いのか」と言われそうですが。
結果的な共通点としてそうなったと言いますか……。

元々彼:引くほど浮気症だった。私と付き合っている時期に何人の女の子と同じタイミングで付き合っているのかよくわからない人。そんな中、何故私に執着してきたのか未だにわからない人だった。

元彼:基本的にはとても真面目な人だった。が、最終的には彼に他に好きな人ができたことでお別れした。結局真面目な人でも根は男で、そこは抗えないんだなと思った。(これは個人の感想です)

 

本当はその他にも書きたいことはあるのですが、それは彼ら・私の為にあえて書かない事にします。てか書けない。



そもそもカレーをスパイスから作る男たちが根本的に求めている事とは何なのか?

彼らは日常的に刺激を欲していたのかも知れない

両者ともバンドマンでやたらとバイブスを上げたがり、かつ度合いは違えど根本的には女好きだった彼ら。それって即ち「刺激がないと生きていけない」人たちだったのではないかと私は思ったのです。(これも私個人の感想です)

現に唐辛子などの辛味系スパイスは、カプサイシンの刺激が脳に届くとアドレナリンが分泌されるそうな。
あとは辛味の刺激を抑えるためにβ-エンドルフィンやドーパミンも分泌されて多幸感も感じられるらしく。

その結果、バンドマンとしてステージの上で演奏しているときのアドレナリンやドーパミン(バイブス上がっている状態)がドバドバ出ている状態と近しい脳内にしたい欲求が他者より強すぎて、女の子に似たような刺激を求めるがそれでは結局物足りないため、健康的で超合法的に摂取できるスパイスに脳内刺激を求めるみたいな構図が出来上がっているんじゃないかと。(私個人の感想です)

 

そりゃつまらない女の私には、彼らの脳内刺激を満たし続けることなんて無理だわ。

付き合ってはいけない3Cよりも、ある程度年齢を重ねた男性が若い頃と同じ熱量でたくさんの刺激を求めていることの方がより危険かも知れない

人間生きていて、若い頃と同じ刺激が常にあるかというとそれは各々次第といいますか。
人は自分にとっての「当たり前」をなるべく維持しようとするので、長いこと刺激のある人生を生きていたらそれらが「当たり前」の状況になるのだと思います。

が、年々体力や気力が衰えてきて、刺激に疲れてくるはずなんですが。
刺激に疲れず、むしろ若い頃と同じ熱量で刺激を求めている人は私の経験上、まあまあ危険だなと個人的には思います。

色んな人を見てきたけれど、気持ちが若々しいこと若い頃と同じ熱量の刺激を求めている人は全然違う。年齢重ねた重みを感じるのか、ただただ節操がないのか。

カレーをスパイスから作る男の人自体は否定はしませんが、正直度合いによるのも本音。
スパイスに狂っていることや、スパイスカレーが何日か続いても平気な男性はちょっと要注意だと思います。

 

そんな私は「歌詞にこだわるシンガーソングライターの女」なので、きっと男性にとっては非常にめんどくさい女の類なんだと思っている

note.com

「じゃあカレーをスパイスから作る男となんでそんな付き合ってこれたんだよ」と言われそうなので、その理由は私がそもそも「歌詞にこだわるシンガーソングライターの女」だから。

 

【カレーをスパイスから作る男】に関して色んな人のブログ記事を読んだけど、この人のブログを読んで「あ、きっと私も彼らと同族なんだわ」と何も言えなくなりました。

 

お後がよろしいようで。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

 

 

2024年は「脱・現状維持」を心がける

エミです。
新年明けましておめでとうございます。2024年もどうぞよろしくお願いいたします。

2023年の事をもうちょっと書きたかったのですが、いつの間にか年が明けておりました。
おかしいな……私の体感スピードではまだ2023年11月なんですがね。
いつクリスマスとお正月終わったんや。2023年が総合的にめっちゃ忙しかった感じがします。

さて、2024年は辰年で私は年女。
そんな実感も正直全然ないのですが、2023年の色んな経験から2024年はこうしたい!という気持ちを書き出してみたいと思います。

 

2021年から2023年までは「現状維持」→2024年からは「脱・現状維持」で行きたい

遡ること2021年1月から現状維持を心がけていた

2021年の1月当時、職場のマネージャーとオンラインミーティングしていた時に「今年の目標は何ですか?」と聞かれて「いったん現状維持ですねー、今の環境や状況をなるべく現状維持していかないと職場が成り立たないと思うので」と答えていたあの頃。

あの頃はプライベートも仕事も全て現状維持。着々と地盤を固めることに専念した方が安定するだろうと思っていましたが、気づけば2021年から2023年までずっと地盤を固め続けることに重きを置いてました。

が、2023年の半ばからそうは行かなくなってしまい。仕事もプライベートでも現状維持を心がけていたままでは立ち行かない環境・心境に陥りました。
でも、環境や心境がそうやって立ち行かなくなる=今のままで走り続けるべきではないって事なのでは無いかなと思いました。

コップにどう考えても水が満杯に入っているのに、さらに水を入れて溢れさせて結果拭き掃除しているみたいな。
新しいコップに変えるか今の水を飲み切るか。その両方を取らずに「もったいない!現状維持しなきゃ!」ってアホみたいに水を注ぎ続けて拭き掃除する手間が結果一番もったいない事に気付いていない人になっていた2023年の私。

あとは、もしかしたら水を注げる量が自分でも知らない間に増えていたのかもしれない。
当初の予定では「これくらいの期間でいっぱいになるはず!」と見込んでいた量より実は多く水を注げていたのかもしれない。

ちなみに、今のは例え話なので分かりづらいかも知れませんが、要は自分が自分で気づかない間に抱えていた試験(課題)をクリアしていた可能性があるなと薄々思っています。

その課題や試験は既に終わったのに、終わっていない!私は納得していない!って感じで執着してしまっていた2023年だったのかな。

2024年の脱・現状維持とは

実は今の所、私の中でこの「脱・現状維持」に関する具体的な事は全然思い付いていないのです。
なんですが、2023年12月くらいから「来年の目標は脱・現状維持だなー」なんてぼんやり思っていたのは確かで。

なので、今回は明確な目標は決めずにただただ「脱・現状維持」と言う言葉を脳内に刷り込んで、それを意識して生きてみると一年でどんな風に変化していくか、これまた直感的に実験しても面白いんじゃないかな?と思っています。

今まで細かく目標を書いてきても、その目標自体を忘れてしまうこともしばしばあったし、何なら目標とかけ離れたことも大いにあったし。
ならば、今は具体的な目標はあえて考えず、頭の中にぼんやり降ってきた「脱・現状維持」ってワードを捉えて生活してみることで見えてきた物事に対して、色々トライして行くのもアリなのかなって。

具体性に欠ける話ではあるけれども、軸をぶらさなければ進んで行ける気もしています。

今現状は、私にとってちょっと窮屈に感じている

今の私の現状は、自分のやりたいことや行きたい場所などに行ける余裕も余力もなく、毎日追われている気がしていて、そろそろそんな日々が窮屈に感じています。
2023年を改めて振り返っても、そんな窮屈さの中で必死になって頑張って来たけど埒があかない感じで。やればやるほど追われて、手を抜いたら全部のバランスが崩れてしまうのではないかと不安になる日々を過ごしていました。

けど、そもそも私が必要以上に全部やることなんてないし、頑張れない時に無理やり頑張っても全然良くないんだろうし。それに私は今の彼と幸せになりたいし。

 

ちょっと話は変わるのですが、今の彼はめちゃくちゃ温泉が好きで、岐阜はあちこちに温泉施設があるので彼は週1で色んな温泉に行く人なんですよね。

で、私が岐阜に泊まりで行くとどこかのタイミングで温泉に毎回行くので、一年前くらいにやんわり思ってた「毎月どこかのタイミングで温泉でのんびりする日を作りたい」って願いが、今はちょっと強引に叶っていて。

温泉に入ってのんびり過ごすと、忙し過ぎてゆっくり考える時間が無かった事にピントが合い始めるんです。特に露天風呂とかでボーッと外の空気に触れながら考えると幸せで。

温泉に入りながら頭の中がいい意味で空っぽになると、自分が本当はどんなことを望んでいるのかが自然に浮かんでくるみたいで。ふと力が抜けた時に出てきた思いが「今の現状は窮屈だなー」でした。

 

多分、このまま色んなことを犠牲にしてしまうのは一番簡単に過ごせることだと思うのですが、色んなことを犠牲にしてしまってはいけないな。もう少し自分に対してわがままになろうと思います。

 

そんなこんなで、今年は「脱・現状維持」を心がけて生きてゆく事にしました。
みなさん、今年もどうぞお付き合いよろしくお願いいたします。

ねえもうすぐ2023年が終わるってさ(今週のお題「書いててよかった2023」便乗してます)

こんにちは、エミです。
ここのところ毎回毎回ご無沙汰しているタイミングでの記事更新となっております。
(今信じられないくらいお仕事も私生活も忙しくてですね……ごめんなさい)

 

今回は今週のお題に乗っかってみようかと思い、書いてみます。

 

今週のお題「書いてよかった2023」

 

 

何回も言うけど、これが今の私の始まりなのです

today-is-emi-biyori.hatenablog.com

 

初心忘れるべからず。真っ先に思い浮かぶのはこの記事だったりします。
あんなにメンタルがやられた5月の半ば、それは今現在(2023年12月)からすれば「でも半年後の今はすごく幸せに生きているから大丈夫やでー(叫)」って過去の私に伝えたくなる記事第一位はこれです。

今となっては「そうだよね、そんなしんどい事も半年前にあったよね、頑張ったなー私」って自分でも読むと振り返れるので、書き残しておいて良かった記事なんですよ。

しんどかった事って、良くも悪くも人間は忘れるように出来ているみたいで。
今の自分に集中して生きていると、過去にあったその時の悲しみや苦しみ、喜びなんかも薄らいで行ってしまいがちで。
今の私にとっては、この記事の心境は思い出すことは出来ても、その当時のしんどさや苦しさなんかは峠を越えてしまい戻ることが出来ないため、環境の面でも心境の面でも同じ気持ちにはなれないんです。

だから、こう言う記事は旬ものなんだと最近は思っています。
その時その時、当時の私やその環境なりの今があることを実感できる、鮮度のある旬もの。

あの時の私、よく頑張りました!

 

今の彼と出会う前に感じたこと

today-is-emi-biyori.hatenablog.com

 

謎に「あ、今なら次の人に会えるかもしれない」という、びっくりする程に直感的に動いた時の話です。
今は当時この記事に書いている人とお付き合いしており、毎回楽しく山登りしたり城を巡ったり、彼の家に住む3匹の猫ちゃんと戯れていたり、二人で好きな音楽や映画の話をしたり、美味しいコーヒーが飲めるカフェへ行ったりと、非常にのんびり緩いデートを楽しんでいます。

いまだに謎だけど、マッチングアプリ始めて「あ、この人となんとなく仲良くなれそう!」っていう勘が働いたのか本当に分からなくて

出会って2回目でお付き合いすることになったけど、お付き合いして3ヶ月程度しか経っていないのが不思議なくらい、長年一緒に居てたような??って感覚になる人なんです。

そんなドラマや漫画でしか知らない感覚が、実際にあったんだなー。
経験してみないと分からない感覚や出来事って、大人になってもあるんだと思い知った記事でした。

 

 

直感に従い続けたら新しい恋人ができた(本当)

today-is-emi-biyori.hatenablog.com

 

さっきの見出しにも書きましたが、直感を信じて生きていたら新しい恋人ができたんです。
意味が分からないでしょう?私もいまだに意味が分からないなと正直思っています。

が、このやり方を応用して、ここ最近は彼と住む家のビジョンを見ているんですよ。
(彼には私が彼と付き合う前にビジョンが浮かんで、ビジョンに近い人と付き合っている事も話ています)

「エミさんは俺たちが住む家のビジョンとかって見えているの?」とこの前聞かれたので、今見えている範囲の中で答えたところ、色々と彼自身もふと感じることがあったようでして。

てか、おそらく彼もまあまあ私と実は似ていて引きが強い人なんじゃないかと最近思うんですよね。だから彼にも何かイメージしてもらおうかなと思っている今日この頃。
二人で一緒になんとなくイメージしたら、二人で住む家が案外あっさりひょんな事で手に入るのでは?と思っています。

楽しみだなー。

 

改めてブログを書き残しておいて良かったと思ってる

キッカケはなんであれ、今は最初のブログ記事を書き残しておいて良かったと思ってます。色々と思い出せる材料になってくれたし、私自身の成長を感じられて面白いなと思うし。

ここのところ、仕事や私生活が本当に詰め詰めで生きており、半年前の心も予定もスッカスカな状態から一転して、充実している気がしています。でもちょっと忙しすぎるけど。

ブログに色々書きたいけど、書くための時間の余裕が無くなっているのが少しめげそうですが……個人的な趣味なので、このブログはゆるーく書き続けていきます!

 

早く最近の話を書きたいなぁ……色々面白いことがありました。

ですが、それはまたいつかのタイミングで。

 

私が如何に関西人であることを実感させられた話

こんにちは、エミです。
今日はホントにただのブログです。
いつもの直感だとかなんだとか、今回は全然書きません。

 

9月末から新たにお付き合いしてる彼は岐阜県の方です。滋賀県岐阜県は隣同士なので、文化や言葉、食べ物の嗜好も近いのかと当初は思っておりました。
が、関ヶ原の戦いは思いの外、西日本と東日本を大きく分断したんだなと実感させられることが多々あり、個人的にはお付き合いしててその差が面白くて楽しんでおります。

 

 

彼と話せば話すほど、私が如何に関西人なのか実感させられる

滋賀県。関西の方でも比較的、中部地方の文化が浸透してる割合が多い県。(だと私は思ってる)

 

大阪や京都・神戸でスガキヤのラーメンが恋しい滋賀県民です」と話しても、大阪や京都・神戸民には1ミリも恋しさが伝わらない寂しさを抱いてしまうのは、滋賀県民あるある。

滋賀県は昔、スガキヤの店舗数がめちゃくちゃ多かったんです!あのチープだけどなんか食べたくなるスガキヤのラーメンも、五目ごはんも滋賀県民にとっては幼き日々の想い出の味なんです!最近店舗数減ったけど!!悲しい!!恋しい!!

 

滋賀県は名古屋に行くのも大阪に行くのも、ちょうど同じくらいの時間で行けたりする地理なので、滋賀でも湖北あたりに住んでる方は岐阜県へ買い物に行ったりすることもあるんですよね。
私も稀に岐阜羽島コストコに行くことがあります。最近は全然行ってないけど。

JR西日本JR東海の境目の米原駅から既にJR沿線の分断が始まっており、私にとって岐阜県は隣の県だけどJRの管轄が変わる為、京都よりある意味遠い県って印象でした。

が、今は彼氏が岐阜県民のため、ここ1〜2か月で必然的に岐阜県へ行く事も多くなり。
関ヶ原駅の構内から見える、各武将達の名前が書かれた古い看板を見るたびに「この人たちが日本を大きく分断する戦いで活躍した武将達なのかぁ……」と、淡々とした気持ちで心の中で名前を読むんです。

 

米原駅からICカードで乗り継ぎ、岐阜の駅で改札出る前に乗り越し精算機をあえて通さないと改札外に出られないのを常々面倒くさいと思いつつ。
あと乗り越し精算機に【乗り越しエリアが異なるため、次回は予めチケットをご購入下さい】と怒られるのに少しイラッとしながら、精算を済ませて改札を出ていく瞬間に、ここは関西ではない事を実感させられたり。

 

今までは関西人とばかり付き合っていたため、食文化や言葉の違い、土地柄から育まれる感性も似てる人とお付き合いしてきました。見てきた番組や、ノリやフィーリングが関西人ならではで通じる人と付き合って来たと言いますか。

 

ですが、今度の彼は岐阜県民。
たかが隣の県、されど隣の県。
関ヶ原を越えると文化圏が変わってしまう、近くて遠い東日本。


彼と話をしていて、一番最初に「あ、この人中部・東海地方の人だ!」を実感させられたのは、方言でした。

 

関西人:めっちゃ(もしくはホンマ) 東海人:でら

彼は関西人で言うところの【めっちゃ】や【ホンマ】と同意義語を【でら】と言う事が多いです。

 

例えるなら。

「めっちゃ寒い!」→「でら寒い!」

「ホンマにうれしそう」→「でらうれしそう」

みたいな。

 

そもそも彼と話していて、基本的には滋賀県岐阜県も似た言葉遣いなため、話していて特別違和感は無いのですが。たまーに紛れる東海人味を感じる方言が入ると、私としては「やっぱりこの人は中部の人なんや」と感動を覚えるんですよね。

 

あとは名称を読み上げる時のイントネーションとか。
上がり下がりだけで、同じ名称だけど「???」ってなってしまう事もあって。
例:生協、取り置き、サイゼ(サイゼリヤ)の呼び方も微妙に関西とは違ってました。

お互いに「へー、そっちではそんなイントネーションになるのか」と、謎に感心し合ってる事が多々あり。(彼も関西人の彼女は初らしくて、文化圏の違いを感じてるらしいです)

まだ全然知らない方言とかあるんやろうけど、たまにふと出てくる方言に毎回聞き馴染無くて「ハッ!!」ってなってます。

 

関西人:ソース 東海人:味噌

関ヶ原の戦いはソースの文化圏と味噌の文化圏の壁を、大きく隔てた一戦だったのかもしれない。

それを実感したのは、私の35歳の誕生日。

誕生日は彼が住む岐阜まで向かい、彼の友達がやっているお店でお祝いしてくれました。お店でコース料理で出された食べ物の中に、豚の串カツがあったんですよね。
既にソースがかかってた串カツで、関西人の私としては頭の中がソースの状態で口に運ぶと、かかっていたのは味噌だったんですよ。

脳内が「甘い????!」ってなっちゃって笑

「え、ソースじゃない!そうか!ここは岐阜だから東海地方の味なんや!!」って、関西人の私は大きなカルチャーショックを受けてました。

 

彼の友達(店主)も「関西の人はソースやもんね、そりゃ食べたらちょっと違うよね」って言ってて。

 

味噌は味噌で普通に美味しいんですが、味噌味の串カツを口にした後に思ったのは「ソースが恋しい」でした笑
そう思った瞬間に「私って関西人だったんだー!!」と、本当の意味で今まで微塵も自分の中に関西人マインドを客観的に感じたことが無かったのですが、味噌味の串カツを食べた時に急に関西が恋しくなってしまいまして。いやまぁ、隣の県やし例え岐阜県に引っ越したとて、帰ろうと思えば帰れるんですが。

 

なんだけど……文化圏が変わる事を急に思い知らされました。これが京都や大阪へ行くのとは違うという事なのかと。隣の県なのに……??

 

ちなみに彼はおでんにも味噌をかけると話してて、味噌はどんな料理にも合わせられる事を東海人として力説してくれるそうです。でもポン酢はあんまりかけないって話を聞いて、関西人の私からしたら「え、なんでポン酢かけないの?ポン酢美味しいやん?なんで??」ってなってました。

もうこの時点で食文化が異なってて、私今後大丈夫なんかなと若干心配になってたりします。

友達にそんな話を相談したら「大丈夫、私がソースもポン酢も関西のもの送ってあげるよ」と言ってくれて、それがとても心強く思えたというか。ありがとう友達よ。

 

関西人:グランフロント知ってる 東海人:グランフロント知らない(当たり前)

先日、デートで滋賀・あねがわ温泉(日帰り温泉施設)に行ってきました。
お風呂上がりに二人で休憩場所でテレビを見ていたんですが、ふとグランフロントに設置されているカメラ映像が流れたんですよね。

アナウンサーの方が「こちらはグランフロントからの定点カメラの映像です」と話すと、彼は「グランフロントってなに?」と聞いてきたんです。

その瞬間に「あ、そっか、関西地区のテレビの放送圏外だからグランフロントを知らないのか(驚愕)」となりました。
梅田にある比較的新しいメチャクチャでかいショッピングビルだよと説明すると、彼は「名古屋駅の〇〇ってビルと一緒?」と聞いてきました。

が、私にはその〇〇ってビルが分からなかったので「ごめん、その名古屋のビルは全然知らない」って答えました。

当たり前だけど関西と東海ではランドマークが全然違うし、放送されている定点カメラの位置も違うし、オシャレなショッピングビルの認識が地区によって違うのも当たり前なんですよね。

なんだけどそういう所って、意外と盲点で。そういう視点が今まで無かったと言いますか。
こういうことで如何に私が関西人なのか、小さいながらも実感しているんですよね。

今までこんなこと無かったから、毎回毎回とても新鮮だったりします。

 

それでも感性は非常に似ているので居心地がいい

今の彼は、確かに文化圏は異なるところで育った人なんですが、感性は非常に似ている人だと思うので、一緒にいてて居心地がいいです。

例えば、彼は岐阜の山間部で育ったため、都会より田舎の方が落ち着くと話してました。私も家の裏はだだっ広い田んぼなので、山間部の田舎とは違うのですが、それでも自然がある方が落ち着くんです。
あとは、互いに海無し県なので、海に強い憧れがあるとか。(わかる)

 

結局のところ、どんな環境や文化圏で育ったとしても、感性が似ていると何となく相手のことが分かって居心地がいいみたいです。相手が味噌文化で私がソース文化だとしても。

居心地の良さはお金では買えないし、相手に合わせ続けるでも合わせてもらい続けても、きっと成り立たない大事な要素なんだと思う。だから、居心地のいい彼と付き合うことになって良かったなーって。それを何となく感じることが出来て、ほんと良かった。

人生で10回も会ったことない人だけど、すでに昔から何となく知っている感じの空気感なのも、きっと感性が似ていて居心地がいいからなんだろうなー。

そんなふうに最近は感じて生きております。元気に生きているよ!!

 

では、今回はこの辺で。
また次の記事でお会いしましょう〜。